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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4877号 判決

原告 東京都

被告 吉田松夫

主文

一、被告は原告に対し、別紙〈省略〉第二物件目録(一)ないし(三)記載の建物部分を明渡せ。

二、被告は原告に対し、別紙第三、第四物件目録記載の各建物を収去して同第一物件目録(一)ないし(四)記載の土地を明渡せ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

事実

第一、求める裁判

原告指定代理人は主文同旨の裁判を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求原因

原告指定代理人は請求の原因として次のように述べた。

一、原告は昭和二七年四月一日、国からその所有にかかる別紙第一物件目録記載の土地三、八二八・二六平方米(一、一五八坪五勺)を、戦災引揚者を収容するための建物を所有する目的で無償で借りうけ、同三七年四月一日以降は、国との合意で、右の使用目的を変更して、下水道法第三六条に基く下水道汚水処理場を設置する目的で引きつづき国からこれを借りうけている。

二、(一) 原告はこれより先、右の土地の前所有者であつた田中定男よりこれを借りうけ、同地上に別紙第二物件目録記載の建物一、二三九・七三平方米(三七五坪一勺)(以下本件建物という)を所有し、これを昭和二一年一二月下旬ごろより外地引揚者定着寮第一大森寮(以下、定着寮という)として前記の公用に供してきたが、同二四年一二月一日満州からの引湯者である被告に対し、本件建物のうち第二物件目録(二)記載の部分(以下、(二)の室という)を期限の定めなく賃貸した。

(二) 原告はその後右定着寮が腐朽したので、これに代えて寮の居住者に独立した住宅を使用させるため、昭和二七年末ごろ東京都大田区萩中町に都営の萩中住宅(引揚者用の住宅)を建築し、同二八年一月中旬被告を含む定着寮の居住者三七世帯に対し、各一戸宛割当ててそれぞれ右住宅に移転するよう求めたところ、被告もこれを承諾した。

したがつて、これにより前記(二)の室の賃貸借は合意解約されて終了したものと解すべきである。

(三) 右定着寮の居住者は被告を除いてすべて萩中住宅に移転したので、定着寮は昭和二八年二月五日廃止されたところ、被告は右合意の成立にも拘らず、なおも前記(二)の室に居住していたが、原告はその後中共からの引揚者を収容するため定着寮廃止後の本件建物を改造して一時宿泊所(引揚者のうち宿舎のない者に対して一時宿舎として供与するもの)を開設する必要に迫られ、その頃被告在寮のまま改造工事にかかり、同年三月二七日一時宿泊所を開設した。

したがつてかりに定着寮を廃止したのち、被告に本件(二)の室の使用を一時放任していたことをもつて原告との間で明渡猶予ないし使用貸借関係が成立したものと認められるとしても、その期間は右のような原告側の事情により原告が本件建物の改造に着手するまでの間とすることに両者の間で暗黙のうちに了解がなされていたことは明かであるから、右使用関係は昭和二八年三月終了したものというべきである。

(四) かりに右使用関係の終了がみとめられないとしても、原告は昭和三四年七月に至り前記一時宿泊所の居住者に対し、その後移転先として、一般公募の枠外で順次都営住宅を割当てることになつたところ、被告もこれに応じて都営住宅への入居を要求したので、同月六日被告に対し右のうち一戸を供与した。したがつて、板りに前記(二)(三)による貸借の終了が認められないとしても、少くともこのとき本件賃貸借ないし使用貸借は合意解約により終了した。

(五) かりに以上の貸借終了原因のすべてみとめられないとしても、原告は被告に対し昭和三五年三月一九日到達の書面をもつて本件賃貸借につき解約の申入れをしたところ、(1) 本件建物は老朽度が甚しく、このまま放置するのは危険で直ちに取り壊しの必要があり、(2) 被告は後記のように本件賃借部分以外の土地建物を不法に占拠し、また前記のように原告からの再三の移転先の提供にも誠意を示さず言を左右にして居すわり続け原告の施策を妨げているのであつて、これらの事情から右解約申入については正当事由があるので、本件賃貸借は右解約申入の六ケ月後である同年九月一九日の経過により終了した。

三、被告は原告が昭和二八年二月五日に定着寮を廃止し、同年三月二七日一時宿泊所を開設するまでの間に、本件建物のうち当初賃借していた前記(二)の室以外の部分をも次々と占拠し、現在は右の(二)の室のほか別紙第二物件目録(一)および(三)の各部分(以下、(一)および(三)の室という)を占有している。

四、被告は昭和三四年三月ごろ別紙第一物件目録(一)ないし(四)の土地(以下、本件土地という)をトタン板の塀で囲んで占拠を始め、現在はその地上に別紙第三物件目録および第四物件目録記載の各建物を所有している。

五、よつて原告は被告に対し、本件建物のうち(二)の室については賃貸借の終了および所有権にもとずいてその明渡を、同(一)および(三)の室については所有権にもとずいてその明渡を、本件土地については国に対する使用借主としてその債権を保全するため国の所有権に基く返還請求権の代位行使として、予備的に下水道法第三六条による国有地借主の使用権にもとずいて、別紙第三および第四物件目録記載の建物を収去して右土地を明渡すことをそれぞれ求める。

第三、請求原因に対する答弁

被告訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として次のように述べた。

一、請求原因一項の事実のうち、原告主張の土地の使用目的が原告主張のように変更されたとの点は不知、その余はみとめる。

二、同二項事実のうち、(一)はみとめる。(二)ないし(五)のうち、原告主張の頃被告を除く定着寮の居住者全員が都営萩中住宅に移転することを承諾したこと、原告がその主張の日に本件建物の一部を一時宿泊所の施設にあてたこと、被告が引きつづき(二)の室に居住してこれを占有していること、原告主張の日にその主張のような解約申入の書面が被告に到達したことはそれぞれみとめるが、その余の事実はすべて否認する。後記のとおり、定着寮の居住者が全員他へ移転したのちも、被告のみは原告から本件建物および本件土地の管理を委任されていた関係上、(二)の室の賃貸借も終了することなく現在まで続いているのである。

三、同三項、四項の事実のうち、被告が原告主張のように建物および土地を占有している事実はみとめる。

第四、抗弁

被告訴訟代理人は抗弁として次のように述べた。

一、(本件土地および本件建物の占有の権原)

(一)、本件建物のうち原告主張の(二)の室は、被告はこれを原告主張の請求原因二、(一)の賃貸借に基いて占有しているのであつて、前記のとおりこの賃貸借はなお存続している。

(二)、被告は昭和二三年七月二六日ソ連から帰還し、昭和二五年三月東京都外地引揚対策審議会常任幹事となり、外地引揚者の世話役をつとめていたので、これらの者の実情に精通していた。ところで、原告主張のように昭和二八年一月ごろには定着寮の全居住者が萩中住宅に移転することになつて本件建物が空屋となるので、右建物および本件土地を含むその敷地の管理者が必要となり、昭和二七年三月ごろ原告は被告が当時前記のような立場にあつたところから被告に対し右の空屋になつたあとの本件建物および本件土地を含むその敷地の管理を委任した。そして被告はこの委任にもとずいて本件建物および本件土地を管理するためこれを占有しているのである。なお、本件建物のうち(二)の室については右委任によるほか前記のとおり賃貸借にもとずいてもこれを占有しているのである。

二、(留置権の行使)

かりに前項主張の占有権原がその後消滅したとしても、被告は前項の委任事務を遂行するため本件建物のうち(一)ないし(三)の室および本件土地につき次のとおり必要費ないし有益費を支出した。

(一)  本件建物のうち(一)ないし(三)の室の補修費

昭和二八年頃以来、主として台風により、或は敷地が粗悪なことなどの原因で、本件建物の一部が倒壊し或は腐朽したので、被告は同年九月二〇日より昭和三五年一月二五日までの間前後二二回にわたつて、別紙建物修繕明細表および同修繕図面記載のとおりその補修をなした。

右補修に要した費用の総額は一二四万七、五五〇円であるが、右明細表のうち1ないし21記載の費用は必要費にあたり、22記載の費用は有益費にあたる。

(二)  本件土地の補修費

昭和二八年当時、本件土地の一部には別紙土地埋立等図面のA表示のとおり深さ一・二一米(四尺)ないし二・七二米(九尺)におよぶ汚水の池があり、また同図面のC表示の部分には蓮やくわい等が自然発生している湿地帯が、同じくB表示の部分には一段と低い底地部分があつて、いずれも汚水が腐敗して異臭を放ち蚊の発生源となるなどきわめて非衛生的な状態だつたので、被告は昭和二九年一〇月七日以降同三五年三月五日までの間前後一八回にわたつて別紙土地埋立等明細表および前記埋立等図面記載のとおり、自費をもつて右の汚水池および湿地帯の埋立をなし、これに伴つて底地部分に〇・六米(二尺)ないし〇・九米(三尺)ほど土盛りをしたうえ右埋立等図面表示のとおり排水管を設置して右の各土地部分を補修、整備した。

右の工事に要した費用の総額は一九九万八、六〇〇円であり、これはすべて本件土地についての有益費にあたる。

よつて被告は原告から右の(一)および(二)の費用の償還をうけるまでは本件(一)ないし(三)の室および本件土地について留置権を行使しその明渡を拒むものである。

第五、右抗弁に対する原告の主張

原告指定代理人は、

一、被告主張の抗弁一、の(二)の事実はすべて否認する。

原告は被告に対しその主張するような土地および建物の管理の委任をしたことはない。

抗弁二、の費用償還請求権にもとずく留置権の行使に関しては、

(一)  まず建物補修費については、別紙建物修繕明細表1ないし21記載の修繕が行われたことは否認する。同22記載の修繕については、別紙建物修繕図面(8) と(9) 表示の建物部分が昭和三五年ごろ現況の塗装工場に改造されたことはみとめるが、右改造は訴外合資会社日本塗料工業所がなしたものであり、被告は何ら費用を出してはいない。

(二)  土地の補修、整備費については、昭和二八年当時本件土地のうち被告主張の部分に約三〇〇平方米(約九〇坪)ぐらいの池とそのほかに雑草の生えている部分があつて、その後池の一部が埋め立てられたことはみとめるが被告がその主張のような排水土管を埋設したことは不知その余は否認する。右の池はすでに昭和三三年三月頃までに東京都大田区が近隣の土地の排水路を設置した際に排水工事をおこなつてその一部を埋立て、排水をしたあと、被告が訴外崔烱植から対価をとつて同人が運んできた多量のごみや廃土、カーバイト滓などを右の池の跡に捨てさせた結果、自然に埋立てられたものである。このように右の埋立は被告がしたものではなく、被告はむしろその代償として利益を得ているのであり、被告がその主張のごとき費用を支出したことはない。また右の池はもと一流の料亭の庭園のなかの立派な池であつたところで、そこにごみやあくたを捨てても価格の増加などはありようがない。

二、かりに原告が被告に対し被告主張のような土地建物管理の委任をしたとしても、原告は前記昭和三五年三月一九日到達の書面をもつて、被告に対し本件賃貸借の解約申入および建物明渡の請求をしているが、これは同時に被告主張の委任も解除する趣旨でなされたものである。またかりに右の解除がみとめられないとしても、原告は本訴(第一四回口頭弁論期日)において右の委任を解除する旨意思表示をした。

三、また、かりに被告が本件建物の(一)ないし(三)の室および本件土地につきその主張のような費用を支出したとしても、右のうち、

(一)  被告が必要費として主張する別紙建物修繕明細表1ないし21記載の費用は、通常の必要費であるが、請求原因二、(一)の賃貸借契約において、かかる通常の必要費は被告の負担とする旨の約定がなされていたのみでなく、被告は本件賃貸借終了後も右の建物に居住し対価を支払わずに、本件建物を占有し、これを現在に至るまで使用収益しているのであるから、民法第一九六条第一項但書により右の費用は被告において負担すべきものであり、

(二)  被告主張の、本件土地建物に関する有益費については原告としてはその償還義務があるとすれば、民法第一九六条第二項によつて増価額の償還を選択するものであるが、右のうち被告主張の建物修繕明細表22記載の塗装工場は、昭和三八年八月以降はその用に供されることなく放置されたままであつたため、すでに廃墟と化してしまつて増加額は現存していないし、被告主張の本件土地の埋立等についても、前記のとおりこれは本来池であつたところへ単にカーバイト滓や廃物を捨てて埋立てをおこなつたものであるから価格の増価は現存しない。

したがつて被告主張の有益費については、右のようにいずれもその対象物の価格の増価が現存していないのでその費用償還義務はない。

四、かりに被告が原告に対し被告主張のような費用の償還請求権を取得したとしても、そもそも本件土地の占有および本件建物のうち(一)および(三)の室の占有は不法にはじめられたものであるから、右の土地および建物について支出した費用の償還請求権にもとずいて留置権を行使することはできないし、本件建物のうちの(二)の室についても、原被告間の賃貸借は前記請求原因二項(二)で述べたとおり昭和二八年一月中旬に合意解約によつて終了しているのであるから、被告主張の建物修繕費用が右の終了後に支出されたものである以上、右の費用の償還請求権にもとずいて(二)の室につき留置権を行使することはできない。

第六、右に対する被告の答弁

被告訴訟代理人は、原告主張の右二、以下の事実のうち、被告が昭和二七年三月以降現在まで原告に対価を支払わずに本件(一)ないし(三)の室および本件土地を使用収益してきたことはみとめる、と述べた。

第七、立証〈省略〉

理由

第一、請求原因事実のうち本件土地を含む別紙第一物件目録記載の土地三、八二八・二六平方米(一、一五八坪五勺)が国の所有であること、原告がこれを国から無償で借りうけ右土地上に本件建物を所有していること、原告は昭和二四年一二月一日右の建物のうち(二)の室を被告に賃貸したこと、被告は現在本件建物のうち(一)ないし(三)の室の部分を占有し、かつ本件土地上に別紙第三および第四物件目録記載の建物を所有して右の土地を占有していることは当事者間に争いがない。

第二、よつてまず本件(二)の室の右賃貸借が終了したか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第四号証、甲第九ないし第一一号証、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものとみとめられるから真正な公文書と推定すべき甲第一三号証の一、四および証人村松嘉徳、同塩沢武雄、同桜井武夫の各証言によれば、原告は終戦後本件建物を東京都外地引揚者定着寮第一大森寮として外地からの引揚者のうち住宅のない者のために各世帯ごとに室を割り当て、一定の使用料を徴収して賃貸してきたが、昭和二七年ごろから右の建物の腐朽が目立ち、また、火災予防および衛生上の見地からも好ましくない状態になつたので、一応右の定着寮を廃止し、これに代り新しく大田区萩中町に都営萩中住宅を建築して定着寮の居住者をそこに移転させることになつたこと、そこで翌昭和二八年一月中旬ごろ原告の民生局保護部援護課の担当係員は被告を含む寮の居住者約四〇世帯に対し右の事情を説明して前記萩中住宅への移転を求めたところ、被告を含めて全居住者がこれを承諾したので、具体的に萩中住宅の室の割当てをおこない、これに従つてまもなく被告を除く寮の居住者はすべて右住宅に移転し、同年二月五日、原告は告示をもつて右定着寮を廃止したこと、しかるに被告は他の居住者全員が移転を完了したのちも寮に居残り、原告の担当係員に対しては、被告は三鷹に工場を経営することになり、そこに住宅ができて近く移転する予定であるからそれまで(二)の室からの移転を延期してほしい旨申し出で、結局原告の係員からの再三の要求にもかかわらず(二)の室に居住しつづけ、他方被告が割当をうけた前記萩中住宅の一戸には原告に無断で知人の初沢五郎を入居させたこと、その後急に中共から引揚者が帰還することになり、原告としては他に適当な収容施設がないので、前記のとおり一旦定着寮を廃止した本件建物を改造したうえで、再び引揚者収容のため使用することとなり、同年三月被告が居住している(二)の室をのぞいて改造工事をおこない、同年同月二七日新たに東京都引揚者一時宿泊所大森寮と名づけて引揚者の収容所を開設したことがそれぞれみとめられる。右の認定に反する被告本人尋問の結果は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして昭和二七年三月以降現在まで被告が原告に対し右室について使用料を支払つていないことは被告の認めるところである。

以上の事実によれば、本件(二)の室の賃貸借は、昭和二八年一月中旬ごろ原告と被告の間で解約の合意が成立して終了したものと認めるのが相当である。

第三、よつて次に被告が抗弁の一、において主張する本件建物および本件土地の管理の委任が行われたか否かについて判断する。

この点について被告はその本人尋問において、被告は昭和二八年一月ごろ定着寮の居住者が萩中住宅へ移転することになつた際に、本件建物が空家になつてしまうと火災、盗難予防等の実見地から危険なので、当時原告の民生局援護課々長をしていた桜井武夫から本件建物およびその敷地全体の管理を委任され、同課長からその旨記載した民生局長発令の辞令の交付をうけたと供述するが、右供述は、前記第二、において認定した事実ならびに証人桜井武夫、同村松嘉徳の各証言に照らしてたやすく採用することができず、また丙第三二号証の二をもつてしても被告が右の辞令を交付された事実をみとめるに十分ではなく、他に被告主張の抗弁一、の事実をみとめるに足る証拠はない。

第四、次に抗弁二、の留置権の行使について判断する。

他人の物の占有者がその物に関していわゆる費用償還請求権を取得しても、右の占有が不法行為によつて開始された場合には、この債権にもとずいて占有の回復者に対し留置権を行使してその物の引渡を拒むことができないことは民法第二九五条第二項の定めるところであるが、右の占有がはじめは適法なものであつても、その後占有権原が消滅し占有が不法になつたのちに、占有者が占有権原のないことを知りながら、その物に関して費用を支出し、それが費用償還請求権の対象となる場合においても、やはり公平の見地から右の債権にもとずいてその物につき留置権を行使することは許されないと解すべきである。

ところで被告は右第三、で否定された以外の占有権原を主張しないから、本件土地および本件建物のうち(一)と(三)の室についての被告の占有は当初から何らの権原にも基づかないで不法に開始されたものといわざるをえず、また本件建物のうち(二)の室については前記第二、で認定したとおり昭和二八年一月中旬ごろ原告被告間の賃貸借が合意解約によつて終了したのであり、前記認定の事実によれば、被告は右賃貸借が終了し(二)の室の占有権原がなくなつたことを知つていたことは明かであるところ、被告主張によれば右の建物の補修費はいずれも同年九月以降に支出されたというのであるから、結局被告が主張する費用償還請求権発生の有無について判断するまでもなく被告主張の留置権の行使の主張はいずれも理由のないものといわなければならない。

第四、結論

以上のとおりであるから、本訴請求のうち、所有権ならびに賃貸借の終了にもとずいて本件建物のうち(二)の室の明渡を、同じく所有権にもとずいて(一)および(三)の室の明渡を求める部分はその余の争点につき判断するまでもなく理由がある。

ところで原告は被告に対し別紙第三および第四物件目録記載の建物を収去して本件土地の明渡を求めるについては、右の土地の所有者である国から無償でこれを借りうけているので、この使用貸借による債権を保全するため国の所有物返還請求権を代位行使し、予備的に下水道法第三六条による借主の使用権にもとずいて本件土地の明渡を求めている。

使用貸借中の土地を第三者が不法に占有している場合に、右の土地の借主がその債権を保全するため貸主たる所有者に代位して、右の第三者に対し土地の明渡を求めることができるか否かについては、使用貸借における借主の権利は賃貸借における借主のそれと比較して消極的なものにとどまり、貸主は積極的に借主をして目的物の使用収益をなさしめる債務を負担するわけではないから、これを否定すべきである。

しかし成立に争いのない甲第七号証によれば、原告は昭和三七年四月一日より下水道法(昭和三三年法律第七九号)第三六条の規定にもとずいて下水道汚水処理場を設置する目的で国から本件土地を含む別紙第一物件目録記載の土地を借りうけていることがみとめられるところ、右の規定にもとずいて国から土地の貸しつけをうけたものは、同法の立法趣旨からして、右の土地の不法占有者に対してはその使用権にもとずいて直接その土地の明渡を求めることができると解するのが相当である。

したがつて、原告は右土地使用権に基いて被告に対し、別紙第三および第四物件目録記載の建物を収去して本件土地の明渡を求めうるものというべきであるから、原告の本件土地明渡の第二次請求は理由がある。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松永信和 藤野博雄 奥山興悦)

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